城下町

城が繁栄する為には、城下町が繁栄しないと繁栄出来ない。

また、城下町の繁栄の為には、城主がしっかりとした方向性を示し、行動しなくてはならない。

 

ホンダの場合は、城主は言うまでもなく本田 宗一郎氏である。

経営を直接指揮し、従業員との労使交渉を直接行っていたは藤沢 武夫氏であってでもある。

 

宗一郎氏の後を継いで、社長にはならないのかと言う問いに対して、藤沢氏は、

「それを求めなかった、と言ったら嘘になるかもしれないが・・。」

と前置きしてから、

「アタシは、社長になる意思はなかった。

主役で、いつも飛び出して行って、自分で踊ると言う事については全然、興味がないんですね。

だからアタシは、本田宗一郎と言う主役が演じる作品を演出し、舞台監督をしていたんです。

自分で、なにからなにまで揃えて、こんど自ら踊ると言う気にはなれない。

その時は、見るものを嫌になっちゃうんだねぇ。

それよりも、アタシは、次の事を考えていたいんですよ。

こう言う性格を持った人間と言うのは、経営者としては誠にまずい素質だね。

経営者と言うのは、一つのモノをじっくり、粘り強くやるべきものだと思っているんです。

アタシの場合は、何か事が起きても、その渦の中には入らず、渦の外で冷静に見ているタイプなんだねぇ。

そのくせ、すぐに本流に入るんですが、いつの間にか外へ出て次の事を考え、みんなにやらせてきた。

そんなアタシを見て、本田は「藤沢は”ひゃっこい”ヤツだ」って言うんですが、アタシは元来、ロマンチストなんですよ。

こんな人間が一人ぐらいいたて、いいじゃないですか。」

と語っている。

 

 

話しを戻して。

従業員・外注業者の生活している家庭が城下町であって、城下町が充実感や幸せ感で満たされたら、それは、活力につながると思う。

それによって、城である企業の為に動こう・働こうと言う気持ちになるのだと思う。

それは、お互いの信頼関係にも関係してくる。

この信頼関係がなければ、ホンダは経営危機を乗り越える事は出来ず、倒産していたかもしれない。

 

倒産は、間逃れたにしても、その後の成長には確実に影響が出たと思う。

だからこそ、藤沢氏は、小細工は一切なしで、正直に正面からぶつかったのではないだろうか。

その心が伝わったからこそ、従業員も外注業者も無理な要求を飲んだのではないだろうか。

 

宗一郎氏と藤澤氏の名コンビによって世界のホンダに成長したが、それを支えたのは従業員であり、外注業者の努力と忍耐の賜物だと思う。

発明や発見は、一人でも出来るかもしれないが、それらを商品化し、事業として継続していくには、大勢の人達の協力がいる。

 

創業期と言う、トップと従業員の距離が近くお互いの気持ちを直に感じる事が出来たからこそ、強い信頼関係を創る事が出来たのではないかと思う。

 

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