「啐啄同時(そったくどうじ)」

四字熟語の「啐啄同時(そったくどうじ)」

意味は、

禅において、 悟りを開こうとしている弟子に、師匠が、うまく教示を与えて悟りの境地に導くことを指す表現。

「啐啄」は、何かをするのに絶妙なタイミングを指す表現。

何かを学ぶ時、何かを得る時、人生のターニングポイントで出会うべき人に出会う時。

どんな事にも絶妙なタイミングで、出逢い、教えられることがあります。

私で言えば、

リッツ・カールトンホテル 元日本支社長 高野 登錯覚をとの出逢いと言えるでしょう。

物流の現場でフォークリフトに乗って仕事をしていた自分にとっては、高野さんとは無縁のはずでした。

まかり間違っても、顔と名前を覚えてもらえる関係にはなるはずがなかったのです。

それが、

Facebookのおかげで密なコミュニケーションを取ることが出来て、顔と名前を覚えてもらえる関係になれました。

ホスピタリティーと物流現場の力仕事。

繋がる要素は少ないはずです。

それでも、繋がることが出来たのです。

なぜか?

それは、私が人を生かす事を念頭において仕事をしていたからです。

ホスピタリティーの本質は気働くであり、

相手の「気持ち・気」を感じ取り、配慮や行動を行うことなのです。

まさに、そこで繋がったんです。

もし、

私が人を生かすための仕事をしていなければ、私は自分の意見すら持っていなかったでしょう。

その証拠に、

一番最初に高野さんの講演会に参加して、直に「水か沸騰したら、どうなりますか?」と質問されて、「水蒸気になります」と答えて、

恥ずかしい思いをしたことを今でもはっきり覚えています。

まさに、高野さんの質問の本質が理解出来ていない証拠です。

そんな私が今では、気働くに対して、自分の考え・意見を言えるようになりました。

まさに、教えを請うタイミングが合ったのです。

ただ、私は、高野さんと出逢うまで、ホスピタリティーという言葉を知りませんでした。

なので、引き寄せの法則には当てはまらないのです。

それでも、なぜ出逢えたのか?

答えは簡単です。

行動をし続けていたからです。

人には、「行動する」を重点的に行う時期が、必ずあります。

その時期を逃してしまうと、

「出逢うべき人」や「学ぶべき事を学べない」ということになり、大切なものを手に入れることが出来なくなります。


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