お仕事小説「国内基準か国際基準化か、将来への選択 ~物流パレットの行方~ 第2話:葛藤」
翌朝、中央配送センターの会議室に、早川航は主な作業員たちを集めた。
村田一郎は腕を組み、眉間に深い皺を寄せながら椅子の背もたれにもたれかかっていた、若手作業員の田中翔は机に両手をついてやや緊張した様子で座っていた。
その場に漂う微妙な空気を感じながら、早川は深呼吸して会議を始めた。
「まず、現場での声を聞きたい。」
早川が静かに口を開いた。
「11型パレットについて、何か感じていること、特に問題点があれば教えてほしい。」
しばしの沈黙の後、田中が意を決したように口火を切った。
「載せ替え作業が本当に大変です。特に、1200mm×1000mm型のパレットから11型に載せ替えるのは、時間がかかるし、腰への負担も大きいんです。」
田中は拳を軽く握りしめながら、目線を早川に向けた。
他の若手作業員たちも田中の言葉に頷き、ある者は、
「あの手間がなければ、もっと効率的に仕事が進むのに」
と小声でつぶやいた。
村田がその言葉を聞き逃すはずがなかった。
「お前ら、そんなこと言うな。」
村田の声は低く響き、会議室の空気をピリつかせた。
彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、鋭い視線を田中に向けた。
「俺たちはこのやり方で何十年もやってきたんだ。11型は日本の倉庫や小売り業に合っているんだ。国際規格に対応するなんて、現場の混乱を招くだけだ。」
「でも、村田さん、それじゃ僕たち若手がずっとこの負担を背負い続けることになるんですか?」
田中は声を荒げた。
目には焦りと苛立ちが浮かび、唇をきつく引き結んだ。
「新しい方法を試す価値だってあるはずです!」
会議室の空気が張り詰める中、早川が両者の間に割って入った。
「村田さん、田中、どちらの意見も正しい部分がある。確かに、11型は現場の長い経験から作り上げられたものだ。でも、現実として、この作業が若手にとって大きな負担になっているのも事実だ。」
早川は優しい目で田中を見つめ、その後村田に目を向けた。
村田は眉間をさらに深く寄せたが、言葉を飲み込むように黙り込んだ。
その後、早川は静かに議論を整理し、改めて作業員全体の意見を聞き取った。
11型パレットが日本の物流システムにとって合理的であることは誰もが認めていたが、国際規格とのギャップによる無駄も否定できなかった。
話し合いが終わる頃には、田中をはじめ若手作業員たちの熱が少し収まり、村田も腕を組んだまま少し考え込むような様子を見せていた。
早川は、現場に変化をもたらす方法を見つける必要性を強く感じていた。
その日の午後、早川の机には浅野優美から新たな資料が届いていた。
ファイルを開くと、グローバル規格への対応が避けられないことを示すデータが並んでいた。
輸出入コストが20%以上増加している現状や、海外取引先からの要望の高まりが詳細に記されていた。
「これが現実か……。」
早川は頭を抱えた。
資料には、具体的な数値とともに、他国の物流システムで国際規格が成功している事例も記載されていた。
たとえば、1200mm×1000mm型パレットの導入で、トラック積載効率が15%向上し、輸送回数が年間で1,000回削減できたとの報告があった。
一方で、設備改修費用が膨大で、移行期間中に発生する損失と混乱が詳細に記されていた。
資料の最後には、浅野のコメントが添えられていた。
“早川さん、現場の声を大切にするのはわかります。しかし、このままでは国際的な競争力を失いかねません。物流全体の未来を見据えた選択を期待しています。”
早川はファイルを閉じ、視線を窓の外に向けた。
雨が降り始めていた。その雨音が静かに彼の思考を埋め尽くしていくようだった。
夕方、早川は作業場に戻り、村田と田中の姿を見つけた。
村田はフォークリフトを操作しながら荷物を運び、田中は隣でパレットを整えていた。
村田の額には汗が滲み、田中の表情には疲労が浮かんでいたが、二人とも黙々と作業を続けていた。
「村田さん、少し時間をもらえますか。」
早川が声をかけると、村田はフォークリフトを停め、渋々といった様子で近づいてきた。
「なんだ?」
「今日の話し合いで感じたことですが、このまま現場のやり方を守り続けるだけでは、次の世代に負担を押し付けるだけになるかもしれません。」
早川は真剣な眼差しで続けた。
「これまでの方法を完全に変えろとは言いません。でも、国際規格を取り入れる方法を模索する必要があると思います。」
村田は腕を組んで黙り込んだ。
彼の顔には複雑な表情が浮かんでいる。
長年現場を支えてきたプライドと、次世代を思う責任感が交錯していた。
「わかったよ、早川さん。」
村田が低い声で答えた。
「ただし、現場を混乱させないやり方で進めてくれ。それだけは頼む。」
「もちろんです。」
早川は頷き、村田の言葉に感謝の意を込めた。
「ありがとうございます、村田さん。みんなが納得できる方法を見つけます。」
その夜、早川はオフィスに戻り、これまでの資料を広げながら新たな計画案を練り始めた。
次の日に予定されている本社とのミーティングで、現場の声をどのように伝えるかを頭の中で組み立てていた。
空が薄暗くなり始めた頃、早川はセンター全体を見渡しながら、次の段階を心に決めていた。
彼の胸には、現場の人々と物流全体の未来を結びつける責任感が重くのしかかっていた。