お仕事小説「国内基準か国際基準化か、将来への選択 ~物流パレットの行方~  第3話:試験的導入」

 翌週、中央配送センターでは新たな試験運用が開始された。
 早川が提案した妥協案として、1200mm×1000mm型パレットと11型パレットを併用し、それぞれの利便性を検証するための実験だ。

 会議室で行われた説明会では、早川が作業員たちを前に立ち、今回の試験運用の目的を語った。

「今回の試験では、1200mm×1000mm型と11型、それぞれのパレットがどれほど現場に適しているかを具体的に調べます。載せ替え作業の有無による時間差、保管ラックへの格納のし易さやトラックの積載効率、そして現場での負担や破損率をデータとして集めます。この結果が次の方針を決める重要な材料になります。」

 作業員たちはそれぞれに複雑な表情を浮かべていた。
 村田一郎は腕を組みながらじっと早川を見つめ、その顔には懐疑と不安が交じっている。
 そして、その視線の奥には、これまで積み重ねてきた現場の知識や経験が無視されるのではないかという危機感が見え隠れしていた。

 一方で若手の田中翔は軽く眉を上げ、新しい機会にわずかな希望を感じつつも、試験運用が自分たちの負担を軽減するのかどうか半信半疑でいる様子だった。

「何か質問や意見があれば、遠慮なく言ってください。」
 早川の言葉に誰もが沈黙したが、田中が意を決して手を挙げた。

 「具体的に、どのくらいの期間で結果を出すつもりですか?」

「約1か月です。その間、みなさんには多くの協力をお願いすることになります。」
 早川は田中を見ながら答えた。

 その時、村田が低い声でつぶやいた。
 「そんな短期間で分かるもんか……。これまでの現場のやり方が築かれてきたのには理由がある。1か月じゃ、表面的な効率しか見えないだろう。」
 彼は一瞬目を閉じ、深い溜息をついた。

 最初の検証は、載せ替え作業の有無による時間差の比較だった。
 11型パレットを使用する場合、輸入貨物を載せ替え作業が必要になる。
 一方、1200mm×1000mm型パレットではそのまま使用できる。

 作業開始から1時間後、結果は明らかだった。
 11型パレットを使用する作業では、載せ替えに多くの時間がかかり、作業員たちは額に汗を滲ませながら黙々と手を動かしていた。
 一方で、1200mm×1000mm型パレットのラインでは、載せ替え作業が不要な分、全体の作業スピードが目に見えて速かった。

「やっぱり、この手間がないと楽ですね。」
 田中がパレットを運びながらつぶやいた。
 彼の表情には少し安堵が浮かんでいたが、その背筋にはまだ緊張が見て取れた。

 しかし、村田は眉をひそめ、額に浮かぶ汗を腕で拭いながら言った。
 「確かに速いかもしれないが、このまま移行するにはまだ問題が多い。荷物の安定性やラックの適合性をもっと確認しなければならない。」

 早川はその意見に頷きながらも、田中と村田の間に漂う微妙な緊張感を意識していた。
 両者の視線が交わるたび、異なる世代の価値観が交錯しているように見えた。

 次に行われたのは、保管ラックやトラックの積載効率の比較だった。
 1200mm×1000mm型パレットは、片側を横に、反対側を縦に載せることで、11型パレットよりもトラック1台あたりパレットが1枚多く載ることが分かった。

 たとえば、11型では16枚のパレットが積載できる場合、1200mm×1000mm型では17枚に増える。
 ただし、この配置の違いは実際に試してみないと分からず、同じ方向だけの載せ方では気づけない点だった。

 フォークリフトを操作する村田は、1200mm×1000mm型パレットをラックに格納する際に苦労していた。
 「見てみろ、この隙間。パレットサイズが違うから、今まで余裕を持って荷物を格納できたのに、まったく余裕がないじゃないか。これでは、今までより気を使って格納しなくてはならない。」
 村田の声には焦りと苛立ちが混じり、作業員たちはその言葉を静かに聞き流していた。

 一方で、11型パレットは安定して格納でき、作業員たちも手慣れた様子で作業を進めていた。

 トラック積載については、正方形なので縦横を気にせず載せる事ができるので、その分、気を使わなくてはすんだ。

「トラックの積載枚数は、1200mm×1000mm型パレットの方が1枚多いけど、パレットから少しでも荷物がはみ出していると17枚載らないのとラックの整費用がどれだけかかるか、これは重要なポイントだな。」
 早川はメモを取りながらつぶやいた。

 試験運用の最終段階では、現場作業員の負担や破損率をデータとして収集した。
 載せ替え作業がない分、1200mm×1000mm型パレットを扱う作業員の疲労度は低い傾向にあった。
 しかし、初めて扱うパレットのサイズに戸惑い、パレットを置く場所のスペース確保に戸惑う場面が見られた。

「新しいことに慣れるには時間がかかる。だけど、これまでの載せ替え作業の負担が軽減されるなら、使い続ける価値はあるかも。」
 田中はそう言いながら、慎重にパレットを運んでいた。

 村田は複雑な表情を浮かべていた。
 「慣れればいいという話ではない。現場全体が混乱する可能性を考えないと、後で大きな問題になる。例えば、ラックの改修が追いつかなければ、作業効率が逆に落ちるし、慣れないパレットの扱いで事故が起きるリスクもある。」

 早川は二人の意見を心に留めながら、集めたデータを確認していた。
 彼の眉間には深い皺が寄り、視線はどこか遠くを見つめていた。

 一ヶ月の試験運用の終了後、早川は作業員たちを再び会議室に集めた。
 集めたデータを基に、現場の意見を聞きながら次のステップを考えるためだ。

「今回の試験運用でわかったことは、1200mm×1000mm型パレットが効率的な部分も多い一方で、現場での使い勝手や設備の改修費用が大きな課題として残るということです。」

 早川の言葉に、村田は静かに頷いた。
 「確かに、速さや効率だけで判断するのは難しいな。」
 彼の声にはどこか諦めにも似た響きがあった。

 田中は一歩前に出て、
 「それでも、この方向性を試す価値はあると思います。少しずつ改善していけば、現場も慣れていくはずです。」
 と力強く言った。
 彼の目には決意が宿り、肩の力が少し抜けたように見えた。

 早川は二人の意見を受け止めながら、全員を見渡した。
 「どちらの意見も重要です。このデータを基に、次の提案を本社に持っていきます。みんなの協力に感謝します。」

 その日の終わり、早川はデータの山を前に新たな計画を練り始めていた。
 試験運用で得られた結果を基に、まずは現場の設備改修に必要な具体的な費用と期間を算出し、本社に提案する資料をまとめるつもりだった。
 同時に、現場作業員が1200mm×1000mm型パレットに順応するために指導する必要があると考えていた。
 彼はデスクに広げられた資料を見つめながら、
 「これが現場の未来を変える第一歩になるかもしれない」
 と自分に言い聞かせるように小さくつぶやいた。


物流倉庫現場作業者を自社の強みに変えるサポート/アクティーズ ジャパン

初めての方へ

現場力メソッド

サービス







    この内容でよろしいでしょうか? 

    このフォームはスパムを低減するために Akismet を使っています。 データの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。

    コメントを残す