お仕事小説『3%の向こう側』

第一章:その数字に、違和感がある

「これ、国交省が出してる“標準的運賃”なんですよ」

営業課の藤川が、ノートパソコンの画面を回転させると、そこには運賃計算システムの結果画面が映っていた。
“中型車/都市間配送/走行距離137km/標準的運賃:36,290円”という文字が並んでいる。

「で、これに3%の利益が含まれてるって?」

トラックの点検を終えたばかりの柴田が、軍手を脱ぎながらパソコンを覗き込んだ。
その顔は日焼けで少し赤みがかっており、目尻には深いシワが刻まれている。

藤川は画面を指差しながら答える。

「はい。運賃表に準拠した“最低限の利益込み”っていう位置づけで…」

柴田は、ゆっくりと息を吐いた。
「……おい、藤川。お前さ、“最低限”ってどっちの目線だと思う?」

「……え?」

「俺たちか? それとも荷主か?」

藤川は言葉に詰まり、黙った。

柴田は少しだけ声のトーンを落として続けた。

「なあ。俺らは、雨の日も、炎天下も、渋滞も、荷待ちも、ぜんぶ背負って走ってんだ。
ようやく届けて、“指定時間ピッタリありがと”って言われても、伝票一枚で終わり。
その積み重ねでやっと出てくる利益が“3%”?──冗談じゃねえ」

藤川は、柴田の言葉にうなずきながらも、どこかで噛み合わない焦りを感じていた。

(…現場の不満も分かる。でも、それを数字に変えるのが俺の仕事だ)

画面を閉じながら、藤川は意を決して切り出した。

「でも、今の運賃だと利益はゼロどころか、赤字になることもあります。
この“3%”は、会社を潰さないための基準なんです」

柴田は、工具箱に手をかけたまま振り返った。

「だったらな、“潰れない”じゃなくて“育つ”運賃にしてくれよ」

藤川はハッとした。

それは現場の人間から初めて聞いた、“前向きな怒り”だった。

柴田の目には不安があった。
──このままじゃ、現場は疲弊していくだけだ。
でも同時に、「もっと良くできるはずだ」という願望も、そこに込められていた。

第二章:ドラッグストアの裏口にて


朝9時前。
都心から少し離れた住宅街の中にある、ドラッグストアの裏手。
柴田の運転する4トントラックが、裏口のわずかなスペースへとバックで滑り込んでいく。

「時間ぴったりですね、柴田さん」

助手席の坂口が時計を見ながら声をかける。

「“早くても迷惑、遅れても文句”──この店はそれがデフォだ。秒単位で合わせとけ」

ブザー音が響き、シャッターが半分開く。
中から倉庫担当のスタッフが無表情で顔を出し、チラリとトラックを確認した。

柴田は何も言わずにうなずき、倉庫内にあるカゴ台のロックを外した。

トラックに載っている商品の中身は洗剤、紙おむつ、ティッシュ、ペットボトル飲料など、生活用品が中心だ。
品目ごとに慎重にカゴ台車へ移されていく。

汗ばむ熱気が、荷台の中にこもって作業服が肌に張り付く感触があった。

「坂口、次は“日用品”のカゴ。洗剤とティッシュはそこにまとめろ」

「はい、了解っす」

坂口は商品を入れたカゴ台車を倉庫内に置き、ロックをかけたが置き場所を間違えた。

柴田がすかさず指摘する。

「それ、“日用品”だろ? なんで“医薬品”のとこに置いてんだ。
それにバーコード、逆さだぞ。下向いてるとスキャンできねぇから積み直せ」

「あ、す、すみません!」

坂口は赤面しながら、積み直して、指定の置き場所に置き直しロックをした。
その様子を、ドラッグストアのパート女性がやや冷ややかな目で見つめている。

「今日は納品早いですね。でもラベル、もうちょっと見やすくしてもらえると助かるんだけど…」

小さくため息をついた女性の一言に、坂口の顔がさらに引きつった。

柴田は黙ったまま、タオルで額をぬぐい、ゆっくりと伝票を確認する。

(いちいち言われるのも、分かってるよ。でも…)
(だったら最初から“言わせねぇように”してやる)

荷物の積み方、順番、並び。
柴田は頭の中で、「言われなくてもできる仕事」の形を何度も試行錯誤をしていた。

──3%の利益。
たしかに帳簿上は“黒字”かもしれない。
でも現場に残るのは、疲労とストレスと、毎日の“ご指導”ばかりだ。

段ボールを台車に積み終え、静かに最後のロックを締める柴田の背中には、怒りでも諦めでもない、意地とも感じられる決意がにじんでいた。

お待たせしました、あきらさん。
以下は、**第2章・後編「交わらない温度差」**のアップグレード版です。

藤川(営業)と柴田(現場)の価値観のズレを、
単なる対立ではなく、感情・仕草・内面の揺れを交えて描写しました。

交わらない温度差


納品作業を終えた後、柴田と坂口がトラックの扉を締めていると、営業課の藤川が営業車の軽自動車を滑り込ませてきた。

「お疲れさまです。ちょっとだけ、お時間いいですか?」

車から降りた藤川は、胸にファイルを抱え、いつもより少し緊張した表情をしていた。
眉の角度が硬く、声にもわずかな張りがある。

柴田は、タオルで首筋をぬぐいながら、車の陰に入る。

「どうせまた、現場に“ちょっとお願い”ってやつだろ?」

その口調はあくまで淡々としているが、目だけがじっと藤川の出方を探っていた。

坂口も様子を察し、車の中にある伝票整理をしていた。

「今度、運賃交渉の件で、荷主側に提案を出そうと思ってまして」

藤川はファイルを開きながら説明を始める。
指先がほんの少し震えている。

「単純に“距離と車種の掛け算”による標準的な運賃では、どうしても“高い”って荷主に言われてしまうんです。なので、“現場の品質”を加味した提案にしたくて──」

柴田は少し眉をひそめた。

「ほう。で、また俺らが何か始めるのか?」

藤川は言葉を選びながら続ける。

「例えば…荷下ろしの写真を撮って記録として渡すとか、
 品目ごとにメモを貼って、受け取り側が整理しやすくするとか…」

その瞬間、柴田の目がわずかに鋭くなった。

「なあ、藤川さん」

声のトーンが低くなり、空気が一段重くなる。

「その“ちょっとの工夫”ってのは、どこの誰の作業でできてる?」

藤川は言葉に詰まる。

柴田は淡々と話し始めた。

「朝から積み込みして、渋滞で神経すり減らして、時間ぴったりに着けて、
 文句も言わずに荷物を下ろして、それでも“逆さだ”の“バーコードが見えない”のって言われて──」

軍手を外しているその手は、どこか“諦め”を飲み込んだように落ち着いている。

「……それに“もうひと工夫”が要るってか?」

藤川は、ぐっと堪えるように下を向いたあと、顔を上げた。

「……そう言われると思ってました。でも今回だけは、少し違うんです」

「どこが?」

「“現場から付加価値を考えてほしい”んです。
 営業が勝手に決めて、丸投げするんじゃなくて、柴田さんが“これは役に立つ”って思うことを、そのまま提案にしたいんです」

柴田の表情が一瞬だけ止まる。

「“やってくれ”じゃなくて、“どうしたらいいか一緒に考えよう”って話か?」

「……はい」

その瞬間、坂口が声を挟んだ。

「……俺、写真とか、やってみたいかもです」

柴田がちらっと坂口を見る。

「“やらされる”より、“自分で考えてやる”方がマシだし。
 あとで“こっちの提案でした”って言える方が、なんか…いいです」

坂口の声はまだ拙いが、目はまっすぐだった。

沈黙のあと、柴田はふっと息を吐き、空を見上げる。

「……だったら、“やらされ仕事”って顔すんの、今日で終わりにすっか」

藤川が、目を見開いたまま、小さくうなずく。

柴田は言った。

「ただし、こっちが出す案が“荷主に刺さるかどうか”は、お前ら営業の腕次第だ」

「……はい。全力で、伝えます」

その瞬間、わずかに、3人の間の温度がひとつ、そろった。

第三章:現場で見つけた“違和感”


午後1時すぎ。
柴田と坂口のトラックは、郊外にある大型ホームセンターの裏手に到着していた。
そこはトラック専用の搬入口で、5つの納品バースが並び、数台の車両がすでに停まっている。

「トイレットペーパーは店の入口側、日用品は奥の棚っすよね」

坂口がメモを見ながら言うと、柴田がうなずく。

「そうだ。ラベル見えるように積め。並べるとき困るからな」

ウイングを開けると、ムッとした熱気とともに、積まれた段ボールの山が現れた。
カゴ台車3台分──ティッシュ、洗剤、工具、飲料、いろんな商品がごちゃまぜで詰め込まれている。

フォークリフトの警告音がピッ、ピッと鳴り響く中、台車を押す作業員のかけ声も飛び交っていた。
あちこちで「通りまーす!」「こっち回して!」という声が重なり、現場特有の慌ただしい空気が流れていた。

そんな中、柴田はふと、隣のバースに目を向けた。
別の運送会社の若いドライバーが、台車を押しながら店舗スタッフと談笑している。

「いやー、今日も助かります!商品が分けてあって、そのまま棚に並べられるんですよね」

「見やすいようにって、チーフが言ってて。手間が減るならって」

柴田の視線が、無意識にその台車に留まる。

そこには──
• 段ボールの向きがすべて前を向いて揃っている
• カゴ台車の前面に「日用品」「工具」などの手書きラベル
• 一番上には「要注意:瓶入り飲料」と書かれた紙が貼ってあった

坂口が荷台から降りてきて尋ねる。

「柴田さん、次、こっちの台車使っていいですか?」

「……ああ」

そう答えながらも、柴田の頭の中にはひとつの言葉が浮かんでいた。

“間違ってはいない。だが、足りてないかもしれない”

うちも時間通りに着けてるし、荷物にミスはない。
でも、“またこの会社に頼みたい”と思わせる仕事か?と聞かれたら、どうだろう。

藤川の言葉が脳裏によみがえる。

「営業が勝手に決めたんじゃなくて、現場が“良かれと思ってやってること”を、そのまま提案にしたい」

「坂口」

「はい?」

「次の便から、カゴにラベル貼るぞ。“日用品”“清掃用品”“工具”って分かるように。
 段ボールの向きも全部揃えろ。バーコードは見えるようにしておけ」

坂口は少し驚いたような顔をした。

「え? 昨日、こういうの“押しつけ仕事”って怒ってませんでした?」

「……これは押しつけじゃねぇ。俺が決めた」

そう言って、柴田は胸ポケットにあったマジックを無言で手に取った。

自分からやるって決めたなら、それは“仕事”じゃなくて“誇り”だ。
やらされる前に、気づいて動け。それがプロだろ。

柴田の動きに、坂口は少し背筋を伸ばしながら、笑みを浮かべた。

第四章:提案に変わる現場力


数日後の午後。
藤川はスーツの背中にじっとりと汗を感じながら、大手小売チェーンの物流本部へと足を運んでいた。

応接室には、無機質なテーブルと資料だけが整然と置かれている。
対面に座るのは、物流部門を統括する購買担当の城山。
無表情で資料をめくるその目は、冷静というより無関心に近い。

「……で、この価格。御社の“標準的運賃”に基づいたもの、なんですよね?」

「はい。国の基準に沿った計算です。
 ただ、それだけでは納得いただけないだろうと思いまして──」

藤川は資料の2枚目を差し出した。

「これは弊社ドライバーが実際に行っている現場対応です。
 ・商品ごとの分類ラベルの貼付
 ・バーコードの上向き整列
 ・台車ごとの品目整理
 ・納品順の最適化──
 これらを“荷主様への提案内容”として、標準運賃に加える形でご提示したいと考えています」

城山が眉を少しだけ上げた。

「……これ、ドライバーさんが自分で?」

「はい。現場の柴田というベテランが“これは喜ばれるだろう”と判断して始めたことです。
 営業が指示したわけではありません。彼自身の判断です」

藤川はその言葉を、ゆっくりと、噛みしめるように口にした。

柴田が、自分の意思で動いた。
それは“改善”ではなく、“提案”だった。

城山は資料に目を落とし、しばらく沈黙したあと、ふっと息をついた。

「正直ね、こういうことを“ちゃんとやってる会社”が少ないんですよ。
 だから現場がバラバラになる。余計な手間が増える。
 でもこれなら……たしかに助かるな」

藤川の胸が、少しだけ軽くなる。

「弊社としては、“正確さ”と同時に“選ばれる納品”を目指しています。
 値段を上げるのではなく、“理由のある価格”をご提案したいんです」

城山が、もう一度資料をめくり、目を細めた。

「……分かりました。では、この現場対応込みで、再契約を検討しましょう。
 ただし──この品質が、ちゃんと続く前提でね」

「もちろんです。続けます。いや、続けさせます」

そう言いながらも、藤川の声には力がこもっていた。

帰社途中の車内

営業車の中、藤川はシートに背を預け、スマホを手に取った。
LINEを開き、「柴田」という名前をタップする。

【交渉、通りました。柴田さんの“現場の判断”が、提案になりました。ありがとうございます】

送信ボタンを押して数分後、短く返信が来た。

【……そっちが本気なら、こっちも本気でやるだけだ】

そのメッセージを見た藤川は、思わず笑みをこぼした。

第五章:3%を越えていく仕事

午前9時、郊外のホームセンターの納品バース。
坂口はトラックの荷台から台車を押し出しながら、段ボールの向きをひとつひとつ確認していた。

「工具」「清掃用品」「日用品」──
手書きの分類ラベルが貼られたカゴ台車が、順番どおり並んでいる。

その様子を見ていた新人の及川が、段ボールを受け取りながらぼそっと言った。

「これ、全部手書きっすか? 毎回やってたら時間もったいなくないですか?」

坂口は荷台の中から少しだけ顔を出し、苦笑いを浮かべた。

「まあ、そう思うかもしれないけど……
 こうやってやるだけで、店の人が“ありがとう”って言ってくれるんだよな」

「マジっすか」

ちょうどそのとき、荷主先のスタッフが台車を受け取りにやってきて、
「これ、ほんと見やすくて助かってます。スキャンも早くなりました」と声をかけてくれた。

及川は目を見開いたまま、それをじっと見ていた。

坂口はラベルを手直ししながら言った。

「最初は柴田さんが始めたんだ。別に誰に言われたわけじゃない。
 “やったほうがいいと思ったからやった”。それだけ」

及川は黙って頷き、段ボールのバーコードの向きをそろえ直した。

営業所に戻って

納品を終え、トラックで営業所へ戻った午後。
車庫で後片づけをしていた坂口と及川の姿を、柴田は車の整備をしながら横目で見ていた。

「おい坂口」

「はい?」

「さっきのホームセンター、ちゃんとラベル見てくれたか?」

「はい。『これ貼ってあるとすぐ分かる』って言われました。
 及川にも“意味”伝わったっぽいです」

柴田は少しだけ口元を緩めた。

「なら上出来だ。見てないようで、ああいうの一番よく見てんのは“次の発注出すやつ”だからな」

その会話を離れたところで聞いていた藤川が、車から降りて歩み寄ってきた。

「……やっぱり、現場が変わると、伝え方も変わりますね」

「何がだよ」

「“現場の工夫”があるって話だけじゃ、荷主は動かなかった。でも今は、“それをやってる人間の顔”を見せられる。
 坂口くんのラベルも、柴田さんの言葉も、ちゃんと“伝わる提案”になってますよ」

柴田は肩をすくめて、スパナを工具箱に戻した。

「ま、営業がちゃんと伝えてくれんなら、現場はやるだけだ」

「ちゃんと伝えます。今後も」

そう答える藤川の背後で、坂口が及川にラベルの貼り方を教えている声が聞こえていた。

エピローグ:その先にあるもの

「標準的運賃」は最低限の基準。
けれど、“この会社に任せたい”と思われるかどうかは、現場で決まる。

荷物を運ぶだけじゃない。
荷主の作業を減らす、トラブルを防ぐ、安心を届ける──

それらは、誰かに言われてやるものじゃない。
自分で気づき、自分で選んで動く。

だからこそ、それは“作業”ではなく、“仕事”になる。
そしてその先に、“3%の向こう側”が見えてくる。



📘完結:『3%の向こう側』

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