見えざるブラックボックス
1:倉庫内の暑い朝
朝6時、蒸し蒸しと暑さが一層厳しい中、倉庫内の温度はさらに高い。
倉庫作業者の吉村は、目覚まし時計の音で起きると、即座に出勤する。
吉村は、過酷な労働環境での一日が待っていることを知っているが、今日も家族のために働かねばならない。
倉庫に到着した吉村は、タイムカードを押し、フォークリフトを動かし始める。
倉庫内には他の作業者たちがすでに動き始めているが、互いに目を合わせる余裕もなく、黙々と作業をこなしている。
倉庫内の熱気が皮膚に染みる中、フォークリフトの操作に集中する彼らの姿は、まるで生きた機械のようだった。
吉村は、休憩時間になる前に作業を終わらせるため、ひたすら荷物を積み上げる。
休憩時間が来ても、仕事は終わらない。管理システムに「休憩中」と入力するが、現実には休む間もなく作業を続ける。
彼の頭には、遅れた作業が他の同僚にどれだけの負担をかけるかが常にちらついていた。
2: 休憩室のささやき
昼食時間になっても、吉村は一度も口に運ぶことなく働き続ける。
ようやく手が空いた頃、彼は冷え切った弁当を持って休憩室に向かうが、そこにはわずかな空間しかない。
狭い休憩室には数人の作業者が詰め込まれており、疲労の色が濃い顔が並んでいる。
「おい、吉村さん。あのトラックドライバー、またフォークリフトが遅いって文句言ってたぞ。」
隣に座った中村が、小声で囁く。
「こっちは、休憩時間も取れないってのにさ。」
吉村は苦笑いを浮かべるが、返す言葉はない。
「知ってるさ。でも、あいつらは俺たちの事情なんてわかっちゃいないんだよ。」
心の中ではそう思っていたが、ただ黙って冷めた弁当を一口食べる。
休憩が終わると、再び作業に戻るが、作業効率はますます落ちる。
月末のピーク時には、一部の作業者に仕事が集中し、非正規雇用のパートやスポットワーカーたちは、それぞれの家庭事情で、早々に退社する者が多い。
吉村は、残業を覚悟しながら、次々と舞い込む仕事をこなしていく。
3: 静かな怒り
その夜、倉庫内で大きな荷物が崩れ落ち、作業者の一人が巻き込まれる事故が起きた。倉庫内は一瞬で凍りついた。
現場監督が駆けつけ、事故処理を始めるが、その裏では労働基準法の違反が明らかになる恐れがあった。
「またか…」吉村は心の中で呟く。
これまでにも何度も見てきた光景だ。
会社は表向きには労働時間を守っていると主張するが、実際にはサービス残業が横行し、休憩時間もまともに取れない現実がある。
事故が起きても、原因は隠蔽され、真相は闇に葬られる。
だが、その代償は作業者たちの疲労と命だ。
吉村は、その夜もまた残業をこなし、深夜に家へと帰る。家族が眠る静かな家の中で、彼は一人で考える。
これが果たして正しい働き方なのか、彼自身も答えを見出せないでいた。
ただ、翌朝にはまた同じ場所で同じ仕事をこなす自分の姿が目に浮かぶ。
4: 働き続ける日々
数日後、倉庫内の温度はさらに上がり、作業環境は一層厳しくなった。
吉村は、過酷な労働条件の中で自分がすり減っていくのを感じながらも、家族のために働き続ける。
倉庫内のブラックボックスの中で、彼のような無数の作業者たちが、今日もまた見えない犠牲を払っている。
「倉庫の全体最適化」が叫ばれる中、現場作業者たちの声はかき消される。
彼らの現実が変わる日が来るのか、それは誰にもわからない。
ただ、吉村たちは今日もまた、蒸しかえった暑い暑い倉庫内で黙々と働き続けるのだ。