道が尽きるとき IN 第2話・第3話

第3話:無関心な日常

杉田が会社の危機を乗り越えるためにギャンブル的な契約を結んだ翌朝、事務所はいつもと変わらず慌ただしかった。
トラックのエンジン音が響き、社員たちはそれぞれの配送準備に追われていた。
杉田はその様子を事務所の窓から眺め、心の中で焦燥感を抑え込んでいた。

「皆、いつもと変わらず働いている。会社の状況に誰も気づいていないんだ…」

リーダー格の田中智也は、同僚たちを集めて配送計画を確認しながら冗談を飛ばす。
「仕事があるだけありがたいよな!このご時世で仕事が切れないなんて、奇跡みたいなもんだぜ」
若手の佐藤健も、
「俺もこの仕事で経験積んで、いずれは自分の会社を持ちたいんですよ」
と笑顔で語る。

その無邪気な姿が、杉田の心に重くのしかかった。
「本当の危機を知らないまま、皆は未来を語っている…」彼は誰にも言えない孤独を感じ、胸の奥で苛立ちが募っていく。
「俺がすべてを背負わなければ、この会社は持たない。でも、もう俺一人じゃ支えきれないんだ…」

昼過ぎ、杉田は再び三崎信用銀行へ向かい、担当の中村誠一に追加融資の相談を行った。
契約書と資料を手に持ち、切実な思いで話しかけた。

「最後のお願いです。何とか助けてください」

しかし、中村は静かにため息をつき、重々しく言葉を発した。
「杉田さん、運送業界への融資は厳しいです。残念ですが、追加融資は難しいです」

心の中で「なぜ、誰も助けてくれないんだ?」と叫ぶ杉田だったが、その声は虚空に消えていった。
何も言えず、黙って資料を片付け、銀行の窓口を後にした。

事務所に戻ると、社員たちは相変わらず笑い合いながら次の仕事の準備をしていた。
「社長、午後の配送は順調に終わりそうですよ!」と田中が明るく報告するが、杉田の心は重く沈んでいた。

「皆はただ毎日の仕事をこなしているだけだ。それで良いんだ。だが、俺だけがこの崖っぷちを知っているんだ…」
その孤独感が日に日に増していた。

そんな中、杉田はある決意を胸に抱いた。
銀行からの融資を断られたことで、古くからの付き合いがある荷主、森本工業へ運賃の値上げ交渉をしに行くことにした。
森本工業は、会社が成長を続けていた時期からの大口取引先であり、社長の森本とは長年の信頼関係があった。
しかし、この厳しい交渉は決して容易ではなかった。

杉田は一度深呼吸をしてから、森本工業の事務所へ向かった。
到着すると、森本社長は笑顔で迎えてくれたが、交渉が始まるとその表情は次第に険しくなっていった。

「杉田さん、理解はするが、今の市場の状況では厳しい。こちらもコストを抑えないといけないんだ。運賃を上げるとなると、他の運送会社に切り替えることも考えなければならない」

その言葉に杉田は思わず言葉を失った。
何とか森本に説得を試みたが、会話は平行線をたどり続けた。
「もしこの交渉がうまくいかなければ、会社はさらに追い込まれてしまう…」その焦りが杉田の表情ににじみ出ていたが、森本の姿勢は変わらなかった。

事務所に戻った杉田は、ふとドライバーたちの楽し気な談笑が耳に入った。
佐藤と田中が笑い合いながら、次の配送の話をしている。
「明日の配送も楽勝だよな。早めに終わったら一杯やりに行こうぜ!」
「そうだな、最近は仕事が多くて忙しいけど、まあそれはそれでいいことだ」

その何気ない会話に、杉田の胸は締めつけられた。
「皆は、ただ日常を楽しんでいる。未来を明るく信じている。でも、その日常がいつ崩れるかも知らない…」
と一人痛感しながらその背中は、ますます重く沈んでいた。

静香はそんな杉田の様子をじっと見つめ、
「彼がどれだけ追い詰められているか、誰も気づいていない」
と思いながらも、彼に何も言えなかった。
心の中では、「もうこれ以上一人で抱え込まないで」と叫びたかったが、それを口に出すことはできなかった。

杉田は再び自らに言い聞かせた。
「俺が諦めたら、皆の生活も終わりだ。
だから、最後まで生き延びるために考え続けなければならない」だが、その言葉が虚しいものだと、彼自身も気づいていた。

第4話:危機の爆発

2ヶ月後の月末が近づくと、杉田は資金繰りがいよいよ限界に達していることを痛感していた。
すでにいくつかの支払いが滞り、社員たちの給料も遅れることは避けられない状況に追い込まれていた。

事務所で静香と話しながら、杉田は苦々しく呟いた。
「もう限界だ。次の給料を支払うための現金がない…」

静香も厳しい表情で言葉を選びながら返す。
「私も何とか支出を見直そうとしたけど、どうにもならないわね。固定費が重すぎて…」

その日、夕方になると、ついに社員たちの間で噂が広まり、給料の遅れが話題に上り始めた。
ドライバーたちが集まり、口々に不安を漏らし始める。

「社長、給料が遅れるって本当ですか?」
若手の佐藤健が恐る恐る杉田に問いかける。

杉田は、一瞬答えに詰まりながらも、冷静を装い
「すぐに支払うから、もう少しだけ待ってくれ」と曖昧な返事をした。
しかし、内心では、その言葉が空虚なものであることを痛感していた。

夜になり、杉田は全社員を集め、真実を告げる決断をした。
会議室に全員が集まると、重い空気が漂い、誰もが何かが起こることを感じ取っていた。
深く息を吸い、杉田はゆっくりと頭を下げた。

「申し訳ない…会社の資金繰りが限界に達しています。今月の給料を全額支払うのが難しい状況です。資金を確保しようと努力しているが、今すぐに払える余裕がないんだ…」

その瞬間、会議室は静まり返った。

杉田は、ここに至るまで何度も事業計画を立て、銀行との融資交渉を繰り返してきた。
しかし、昭和食品との厳しい契約に追い込まれ、燃料費や人件費の負担が増すばかりだった。
さらには、銀行からの追加融資も断られ、もはや支払いに回せる資金は尽きていたのだ。

静香はその場に立ち尽くし、社員たちに頭を下げる夫の姿を見つめ、涙をこらえていた。「彼がここまで追い詰められていたのに、何もできなかった…」
彼女もまた、自分の無力さを心の中私痛感していた。

杉田は社員たちの責める視線を受け止めながら、
「俺がもっと早く対応をしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」
と思いながらも、もう何も言えなかった。

杉田の言葉を聞き終えた社員たちの反応は、怒りと不安が入り混じり、次第に場の緊張感は高まっていった。

若手社員の佐藤健は、怒りを抑えきれずに拳を握りしめ、声を荒げた。
「社長、そんな話、聞いていませんでしたよ!何かあったなら、もっと早く教えてくれるべきだったんじゃないですか?俺たちは、生活がかかっているんですよ!」
彼の声には、怒りと裏切られた感情がにじんでいた。
若さゆえの情熱と未来への希望が崩れた瞬間に、感情が爆発したのだ。

続けて、ベテラン社員の田中智也も静かな声で問いかけた。
「社長、俺はあんたを信じてついてきましたよ。でも、こんな状況になってるなら、なぜもっと早く対策を講じなかったんですか?」
彼の言葉には、信頼していた者への深い失望が込められていた。
長年一緒に働いてきたという絆が、今は逆にその失望を深くしている。

一方で、他の社員たちも不安を隠しきれず、声を震わせながら次々に不満を口にする。
「このままじゃ、家のローンも払えないじゃないか…」
「俺たちはどうなるんですか?」
彼らの言葉は、自らの生活や家族を守るための切実な訴えだった。

その場の空気がどんどん重くなり、感情のぶつかり合いがエスカレートしていく。
誰もが口々に自分の不安を吐き出し、もはや収拾がつかなくなっていった。

杉田はその一つひとつの言葉を受け止めながら、何も言えずに俯いていた。
自分がこの状況を招いたことは痛いほどわかっていたが、どうしようもなかった。
「すべて俺の責任だ…」その思いが、さらに彼の心を押しつぶしていく。

この場で、もうかつてのような信頼を取り戻すことはできない。
それは、杉田自身が一番理解していた。

静香は、社員たちの怒りが一気に噴出し、場が混乱していく様子を見て、思わず一歩前に出た。
彼女は、静かに深呼吸をし、手を軽く掲げて皆の注意を引いた。

「皆さん、落ち着いてください」

その一言で、場の騒音が少し和らいだ。
静香は、穏やかだが力強い声で続けた。
「私も、杉田と同じようにこの状況を重く受け止めています。誰もが不安で、先の見えない状況に戸惑っているのは理解しています。だけど、今は皆で冷静に話し合いましょう」

社員たちは静かに耳を傾け始めた。
彼女の言葉には感情的な訴えだけでなく、現実を受け止めたうえでの冷静さがあった。

「ここで感情をぶつけ合っても、私たちの状況は改善しません。杉田も私も、皆さんの生活を守りたいと本気で思っています。だからこそ、今はこの困難をどう乗り越えるかを一緒に考えましょう。杉田一人ではもう抱えきれない。でも、皆で協力すれば、まだできることがあるはずです。」

静香の声が次第に落ち着いたトーンで響き、社員たちの怒りや不安も次第に和らいでいく。彼女の誠実さが伝わり、全員が少しずつその場の空気を受け入れ始めた。

「一緒に考えましょう。どうか、私たちを信じてほしいんです。」
静香の言葉は真摯で、彼女の目には決意が浮かんでいた。

その場の沈黙が、次第に重いものから落ち着いたものへと変わっていった。
社員たちはお互いを見つめ合いながら、小さなため息をつき、騒ぎが収まっていった。

静香の発言で場が落ち着きを取り戻した後、杉田は深い息をついて、静かに口を開いた。

「この状況について、私一人ではもう解決できません。今後どうするべきか、弁護士に相談した上で、皆さんに改めてお伝えします。何かしらの策を講じるまで、しばらく時間をいただきたい。」

その言葉に、社員たちは再び沈黙に包まれたが、騒ぎ立てる者はいなかった。
誰もがこの現実を受け止め、事態の進展を待つしかないことを悟っていた。

杉田はその場を後にし、早速弁護士に連絡を取ることを決意した。
今後の具体的な対応は、専門家の意見を聞いた上で決めていくことを、心に強く刻んだ。

 


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